わたしのブログを見にきて頂いてありがとうございます(●‘ω’●)

おもってぃんと申します。

ここでは長年アトピー・敏感肌で苦しんできたわたしが音頭をとって
スキンケア中心で肌をきれいにする体験・感想を集めていこうと思ってます


さて、このブログを発見した皆さんは、
何かしら肌トラブルに悩んでいる
or
家族・知り合いが悩んでいる
 そんな人が多いのではないのでしょうか?


わたしもなんですよー! (>д<)

ではここで自己紹介をさせて頂きます。




わたしは北海道札幌市で生まれました。

夏の暑さがすこしやわらいだ8月の終わり頃です。


どんな子どもだった?と聞くと母曰く
「とにかくよく食べて勝手にコロッと寝る子」だったそうですw

お父さんは外科医で、今は開業医として忙しく働いています。自慢の父です。

雪山の上の幼児おもってぃん
(家の前につもった雪山でかっこつけるわたし6歳)

なまいきなガキ大将で、ピアノより運動大好きで、いわゆる活発過ぎる少女でした。


悩みと言えば、目が悪くて眼鏡をかけていたこと。
そしてだんだん発症してきたひじ裏ひざ裏のかゆいアトピー性皮膚炎でした。
6歳くらいのことです。


当時はアトピーの子は仲いい男の子で1人いたくらいで珍しいものでした。

2012年の今では、10人に1人がアトピー性皮膚炎と言われるほど
急増したようですね・・・

そして小学校、中学校、高校と成長していき、
成長期なので結構アトピーはひどかったですね。まぶたが真っ赤になったり。
ひじ裏が特にキホン血が出るくらい掻いてて無惨でした。

だけど、主に母の方針で
「アトピーに薬は極力使わない。
薬に依存するとどんどん薬が強くなって怖いことになるから。」

と、特に何もせず、ひどくなっても気にしないようにだましだまし暮らしていました。

薬を使えばそりゃ一瞬きれいになりますが、母の言う通り薬なしじゃ生きていけなくなります。
今でもこの母の方針には感謝しています。(アトピーはつらかったですが。。)

ステロイドに頼っていたら今ごろどうなっていたことか。。。



しかーし、転機が訪れました。

大学進学時に北海道から京都に移住してアトピーはかなり良くなったんです。

北海道にしか住んだことない当時は気づきも出来ませんでしたが、
北海道は乾燥&寒冷地帯なので敏感肌にはつらい場所だったんですよね〜

それが湿度たっぷりな盆地である京都にいってアトピーが快方に向かったんですよ

BlogPaint

(京都四条観光中のわたし22歳)

わたしの患部は主に
・首〜デコルテ
・ひじ裏
なんですが、今見ても京都在中は肌きれいだったなぁ〜・・・トホホ(*T_T*) 。。



そしてそして、超氷河期2011年卒として就職戦線を戦い抜き、
晴れて第一志望のIT広告企業に就職できて東京へ引っ越したのですが。

ここからがアトピー悪化の転落生活でした

カゼひきーの 肌荒れーの 食事乱れーの 運動さぼりーの(大学時代は体育会でした)
いわゆるストレス社会人生活を1年送ってアトピーが大・悪・化

さらに最悪なことに、恐るべきカポジ水痘様発疹症(かぽじすいとうようほっしんしょう)を発症し
およそ2ヶ月間生き地獄を味わいました。
その間も営業していたんだから新卒パワーはすごいですww

(カポジ水痘様発疹症については別の記事で詳しく書きます。
アトピー性皮膚炎を持つ人なら誰でも発症する危険がある恐ろしい病気なので、
ぜひ知識として蓄えてくださいね。)


けれども限界を感じ、健康を第一に守っていけるようなライフワークを送りたいと思い
今年の7月、お勤め人をリタイヤして、今は独立した形で働いています。


これが今までの経緯ですが、
肌の変遷をグラフにするとこんな感じです。

アトピーの変遷


当時の写真は恐ろしくて自分でもあんまり見たくありません。

24歳になった今も最悪のときを引きずって荒れてるんですが、これでも良くなりました。

24歳当時

(2012年9月現在のアトピー性皮膚炎患部)

京都の大学生時代の肌とは雲泥の差ですね・・・。
かゆみ・炎症・乾燥・黒ずみのオンパレードです!



ここまでひどくなって、やっと真剣に、自分の力で治そうと心を決めました。

わたし自身、そして我が家のポリシーは
『アトピーだからって薬に依存しない。自然の力で治す!』 です。

それは今も昔も変わりません。

いつか自分の肌本来が持つ自然治癒力でつるつるの肌を取り戻すために、
スキンケア中心に根治療法で完治を目指しています!

決して見てて気持ちのいいものではない写真が載ると思いますが
アトピー性皮膚炎に苦しんでいる多くの人の真実として、伝わっていけば幸いです。 
 

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